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【子宮体がんブログ】1年半のMPA療法について

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子宮体がんブログ〜1年半のMPA療法について〜 life
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こんにちはmaikoです。

またまた久々の投稿になってしまいました。

MPA療法を行った1年半の体の変化や仕事について振り返ります。
いち個人の治療の感想としてご覧ください。

私のMPA療法期間は、

2020年5月〜2021年8月です。

MPA療法の流れ

治療は1クール3ヶ月で、ヒスロンというお薬を1日3回服薬し3ヶ月たったところで
子宮内膜掻爬術を2泊3日の入院で受けるという流れでした。

その病理結果でがん細胞がなければ寛解、

がん細胞があれば、同じことを繰り返し行いました。

子宮内膜掻爬術後の結果でがん細胞が検出されると必ずMRIを取り、
がんが筋層浸潤していないか確認し治療を再開していました。

3クールまでを期限とし、それまでに寛解しなければ手術で子宮卵巣を全摘すること、
治療の途中で筋層浸潤があればその時点でMPA療法を中止し、
手術に切り替えるということを先生と約束しました。

体の中にがんがいる時間が長くなるので、
進行したらどうしようという不安がつきまとう治療でした。

MPA療法中の体の変化

ヒスロン内服中は、意外と調子が良かったです。
生理がなく、メンタルも割と安定していました。

食欲と体重の変化

治療中は食欲旺盛でした。

一人暮らしの自分は、元々食事の準備がとにかく面倒で省くことが多かったんですが、
治療中は食事に対して前向きで、
仕事帰りには、必ずおやつをがっつり食べなければ気がすまないくらいでした。

そのせいか、体重はしっかり増加しました。
もともと38キロくらいだったのがMax42キロ近くまで増え、
当時の写真を見ると顔がぽっちゃりしていました。

でも私は、痩せているのがあまり好きじゃなかったので、
太ることにストレスは感じず食べたいものを食べていました。

この感覚は自分としてはラッキーでした。

コレステロール値が高くなる

もともとコレステロールが高い人間ですが、治療中はさらに高くなりました。

さすがに怖くなって、野菜を食べるように心がけランニングもしました。
(といっても、月1くらいですが)

でも、LDLコレステロールが上限値を超え、160mg/dlくらいまでありました。

術後の変化

メンタルは基本安定していましたが、
子宮内膜掻爬術前後は一旦ヒスロンが2週間くらいストップになるため、
情緒不安定になりました。

おそらくホルモンの影響だと思います。

入院すると体力も少し落ちてしまい、
色んなことをマイナスの方向に考え不安に思うことがありました。

最初は術後も頑張ってすぐに仕事に復帰していましたが、
2回目以降は長めに休みを取ることでなんとか自分を保つようにしていました。

ヒスロンが始まればまた元気を取り戻せました。

治療中の性行為について

先生に性行為をして大丈夫か確認したところ、特に問題ないと言われました。(術後は別として。)

当時、恋人はいませんでしたが、
好きな人(既婚者)とそういう仲で(俗に言う不倫)

月に1回だけしていました。

コロナの期間と思いっきりぶつかったため、
会える時間が前より減り、そのくらいの頻度で逆に良かったと思います。

さすがに4クール目の期間は切羽詰まっていて、
そういう気持ちになれず我慢してもらいました。

MPA療法の金額

MPA治療が始まって、1ヶ月ごとに外来にかかりました。
そのときに採血や内診しヒスロン、バイアスピリン、睡眠薬を処方してもらっていました。

その金額が8000円前後でした。

2泊3日の入院は、65,000円〜80,000円でした。
4人の大部屋で、通路側か窓側かで差額ベッド代が5000円ほどありました。
(3日で15,000円の差ですね)

高額療養費制度のおかげで、半分くらいは払ったお金が後々戻ってきました。
入院前に「限度額適用認定証」をとっておけば、支払い時に限度額までしか請求されないようです。

私は認定証を取りに行くのが面倒だったので、
一旦全額支払い、3ヶ月後に健康保険組合からの返金を待ちました。

また、一応医療保険に入っていたので、
入院ごとに給付金が65000円(手術5万、入院1日5000円)がおりました。

微々たる給付金ですが、ありがたいものです。

医療費のことなど、この本が役に立ちました。
バカな私でもわかる本です。

MPA療法中の仕事

治療を初めて半年くらいまでは、同じように働き手術のときだけ少し連休をもらっていました。

しかし2クール終わってもがんはなくならず焦りや不安が大きくなりました。

どうしたらよくなるんだろうと思い、とにかく体を休めるようにしようと思いました。

そこから毎週水曜に休みを追加でもらい(週休3日〜2.5日、)、
手術後は1週間の休み、大きな仕事は断り残業もゼロにしました。

夜は22時に就寝することも心がけていました。
(睡眠薬つかって寝るんですがね)

するとだいぶ体が楽で、自分なりに休みの日に体を使ってリフレッシュできるようになりました。

体力的に楽になるとメンタルもとても安定し、前向きになれました。

仕事は新しいワーキングメンバーに選ばれたり、講師を依頼されると嬉しかったけど、
治療の期間はすべてお断りしました。

ルーチン業務をしっかりこなして毎日元気に終えられることで、
自分に100点をあげることにしました。

職場のみんなには迷惑をかけてしまいましたが、
理解のある仲間のおかげで治療に専念できました。

1年半のMPA療法の経過

私は期限の3クールで、がんはなくなりませんでした。

2クール目がだめだったあたりから、子宮卵巣を全摘する場合の手術や術後について予め先生によく聞いていました。

3クール目の結果を聞きに行く1週間前に、
主治医から電話があり診察前にMRIを撮るよう指示されました。

その瞬間、あーもう終わりか、、、と思いました。

でも主治医からは、やる度にがんの残量は確実に減ってきているので、4回目をチャレンジしてみても良いと言われました。

3クール終了後の病理結果

このとき8割くらい子宮卵巣の全摘の覚悟をしていたので非常に悩みました。
子宮卵巣を摘出するのが標準治療なので、予定以上にMPA治療を続けるのはものすごく怖い気持ちもありました。

最終的に、私は4回目にチャレンジしました。

すると4クール目で寛解することができました!

4クール終了後の病理結果

神様ありがとうございます。という感じでした。

その後はヒスロンがなくなり、普通の体に戻りました。

寛解後

薬はなくなりました。

仕事を普通に戻し、生理もちゃんとやってきました。

生理は1,2日目は量が多いですがちゃんと5日で終了するし、だいたい28〜30日間隔で順調です。

病気が分かる前は生理が10日近くあったので、これが普通の生理だったんだな〜と思いました。

まとめ

がんを体に残したまま1年半に及ぶMPA療法は、心に少しの不安があり続けました。

もちろん前向きに頑張っていましたが、
なくなったときの安堵感はものすごく、
あ〜不安だったんだなと思います。

寛解後の1年間は、本当に幸せでした。

仕事もがんばれたし、遊びまくりました。
一応、婚活も頑張りました。

本来なら、妊活してお産がベストなんでしょうが、
独身だとそんなトントン拍子にはいきません。

病気のないからだが本当に嬉しかった。

その感謝も日常が続くと当たり前になり忘れちゃうんですけどね。

以上がMPA療法〜寛解までの振り返りです。

お読みいただきありがとうございます。

私の経験が誰かの役に立てれば幸いです。

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